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2012年6月19日火曜日

エジプト旅行 7日目(5/4)カイロ散策

English Korean

スケジュール

○寝台列車
    8:00 ギザ着

○カイロ散策
    ・考古学博物館
    ・オールド・カイロ
    ・シタデル
    ・ハン・ハリーリ

○ベリーダンスショー

○ホテル
    SARA INN HOSTEL


この日は朝カイロに到着してカイロ市街の一日散策です。

カイロも古くから栄えてきた町。もちろん紀元前25世紀に遡るようなエジプト古王国時代に建てられたピラミッドや紀元前15世紀に遡るエジプト新王国のルクソール・アスワン・アブシンベルからすれば新しい町ですが、それでも2~3世紀に起源があります。
ローマ帝国の元でキリスト教から独自の発展をしてきたコプト教があり、そしてイスラム帝国がエジプトを侵攻した後で作られた「オールド・カイロ」、徐々にイスラム教が広まりながら発展してきた「イスラム地区」、そして現代の発展をしている「新市街」と3つに分かれていて、オールド・カイロやイスラム地区に点在している600点ものイスラム建築群が世界遺産「カイロ歴史地区」として登録されています。


カイロ到着

車内で朝食を食べ、そして着いた場所はギザ駅。このとき朝8時前でしたので9時間半程かけてルクソールからやってきました。


まずは荷物を預けてしまいたいので地下鉄を使ってゲストハウスのあるサーダート駅に向かいます。


地下鉄の切符、駅名の記載もなく1エジプトポンド。裏は磁気が付いていて改札は自動改札でした。


そして地下鉄に乗ってサーダート駅を出るとそこがニュースでよく話題になるタフリール広場です。


ゲストハウス

ゲストハウスは入り組んだところにあったのでちょっと探しましたが迷うというほどではなくすぐ見つかりました。


受付の人:予約してるのはエアコン付きシングルだよね。でも今まだ朝早くていっぱいだよ。エアコンなしの部屋なら今から1泊の料金で使ってくれていいけどどうする。
私:じゃ、それでお願いするよ。シャワーも使ってから出かけたいんだ。
受付の人:共同のシャワーが奥にあるから自由に使っていいよ。
私:ありがとう。

そして案内されたお部屋。


今回最安値の宿一泊80エジプトポンド、1000円ちょっとです。
そしてシャワーを浴びて、出発です。


朝のカイロの街並み。


考古学博物館

最初に行ったのはタリフール広場目の前にある考古学博物館。


カメラを預けての見学です。
1階は古王国~中王国~新王国と時代別にファラオの石像、スフィンクスの石像、レリーフのかけらなどを中心に沢山の展示品が無造作にごろごろと並べられてました。
そしてガイドブック「地球の歩き方」を開き、載ってる写真の実物探しをしながら歩きまわりました。
2階は展示品の種類ごとの展示です。各部屋がパピルスの書物の部屋、人形の部屋、装飾品の部屋みたいになっています。そして奥の通路一帯がツタンカーメンの墓から出土した展示品といったコーナーでした。

今日本では大阪でツタンカーメン展をやっていて、考古学博物館の遺跡を持ちだしているということだったので期待はしていなかったのです。

でも奥の暗い部屋にツタンカーメンの黄金のマスクがあったんです。

これです。


※写真は空港で撮ったレプリカです。

レプリカ?それとも一時帰国してるの?とかいろいろと考えてしまいました。
でもプレートには「Funerary mask of Tutankhamun」とちゃんと書かれています。しかもガラガラ、他にギャラリーもおらず私一人の独占です。これが王家の谷で見たツタンカーメンのミイラにかぶさっていたんだなぁとか思いながら、じっくりと5分以上は眺めてました。

※帰ってから大阪で開催されているツタンカーメン展のホームページで確認しました。
2) 黄金のマスクは展示されていますか?
本展覧会では、黄金のマスクの展示はございません。

もちろん他のツタンカーメンの墓から出土した展示品も見てきました。
いくつかは今大阪にあるのでしょうが、厨子とよばれるミイラを納めていた何重もの箱、ペンダントやブレスレットなどの装飾品、玉座や寝台なども見てきました。
そしてツタンカーメンの妻が置いたとされる矢車草、多分これだなと思うのも置いてありました。

博物館、大満足でした。

表は考古学博物館に入る前とはうってかわって人が沢山です。タフリール広場に向かって沢山の人が歩いて集まっています。


演説してる人とかもいて騒がしいです。
この日は金曜でエジプトでは休日、暴動とか起きて巻き込まれないように気をつけなくちゃと避けながら、地下鉄に乗り込みました。


オールド・カイロ

地下鉄でたどり着いたのはマル・キルギス駅。


ここはカイロ発祥の地、オールド・カイロです。
駅前に見所の建物は密集しています。

○エル・ムアラッカ教会


○聖ジョージ教会


○聖セルジウス教会


○ベン・エズラ・シナゴーグ


○ガーマ・アムル


どれも世界遺産の建物です。聖ジョージ教会とベン・エズラ・シナゴーグ、ガーマ・アムルの3つは中に入ってお祈りもしました。
次はタクシーに乗って、シタデルに行きました。



シタデル

シタデルはイスラーム地区になります。
ここはもうちょっと歴史は新しくなって、建設されたのは中世の1176年。当時エジプト全権を掌握してアイユーブ朝を創設したサラーフッディーンがキリスト教徒が結集した十字軍と戦うために建設した城塞になります。このシタデルは高台なのですが敷地が広くいくつかの建物やミュージアムで構成されています。

○ガーマ・ムハマンド・アリ
シタデルで一番大きな建物がこのガーマ・ムハマンド・アリ。


時代はさらに新しくなって1824年。ムハンマド・アリー朝の創始者であるムハマンド・アリが建設したモスクです。
この日はイスラム教は集合巡礼のある金曜日。建物内はランプでライトアップされていました。


建物の裏、高台からの眺めはとっても素敵です。


ピラミッドまで見ることができました。

その他警察博物館、Prison musium、軍事博物館などがありました。
軍事博物館は一回り見てきたのですが、昔の剣や銃といった武器や銅像などの展示でした。ハーレムだった建物を利用しているということで建物はすごい良くできてました。

○軍事博物館


そしてまたタクシーを捕まえてハンハリーリに向かいます。
タクシーで向かう途中、ここで写真撮りなよって言われて途中で止まったんです。これ全部お墓だよって言ってました。

そんな場所で撮った写真がこちら。

○死者の町


そしてハン・ハリーリに到着です。


ハン・ハリーリ

ハン・ハリーリはカイロ一のスークです。歴史も古く14世紀から市ができていたそうです。そしてお土産品が充実しているのもここになります。
でもまずはハン・ハリーリの周辺にも世界遺産となっているモスクがいくつかあるのでそれらを見に行きます。

○ガーマ・アズハル


○ガーマ・アブル・ダハブ


○ガーマ・ホセイン


ガーマ・ホセインは中の写真もOKだったので撮ってきました。

その後スークを散歩がてら歩きまわりました。


私はお土産というといつも買うのは絵葉書程度であんまりお土産に興味がないんですが、ここでキーホルダーや財布を買いました。
そしてまたもやボールペンが有効でした。

これでもうカイロ周辺で見たい所の全ての散策が終了です。

あとは夜のナイトクルーズ、そしてベリーダンスショーだけです。


ナイトクルーズ

ナイトクルーズのために来たのはここ。


ゴールデン・ファラオです。
このとき私は予約をしないで行ったんです。というのもアブシンベル行く時に出会った親子がナイトクルーズをしたということで話を聞いたのですがガラガラだったと言っていたんです。お客さん10人ぐらいでスタッフの方が多かったと。。。
だから気にせずに飛び込んだのですが、これはダメでした。
この日はエジプト休日の金曜日、現地の人達で超満員です。最終的にはキャンセル席があったのでその席に当ててもらいましたが、中に入る出発直前まで外で待ってろと言われ、蚊にくわれながら待ち続けました。
そして中に入った時はもうみんながたらふく食べてました。

私も追いかけで急いで食べまーす。


そしてすぐ動きだし、ベリーダンスが始まりました。
食べるのも大事、ベリーダンスも大事。。。
食べて見て写真撮ってと大忙しです。


そんなベリーダンスはとっても素敵でした。
肩を前後に動かす動きから両手をへびのように動かす動き、お腹を凹ませたりする動き、そして腰を突き出した動きなどがありました。


そして民族舞踊のタンヌーラ、こちらはくるくるくるくる・・・・

あとは外に出て夜景を見たり、中では歌のショーをやったり、そして、お客さんのハッピーバースデーをやったりしていました。みんな歌を歌ってお祝いして大盛り上がりでした。

そんなあっという間のディナークルーズも終わり、出口のタクシーに乗り込みました。
このタクシーがひどいんです。
メーター制だったからそんなに心配せずにタフリールまで連れてけとお願いして乗り込んだんです。そうしたら、異常なスピードでメーターが上がるんです。

私:そのメーターおかしい、止めろ、今すぐそこに止めろ。

ほんのちょっと走って9エジプトポンド。このままナイル川を渡ってタフリール広場まで行ったらいくら取られるか分かりません。メーターの額だけは払いました。
※断定はできないですが、クルーズ船の出口で待っていたタクシーはまともなのいなかったかもしれないです。ホテルから往復でタクシーをお願いしておくのが一番間違いないです。

それからまた別のタクシーに乗り換えて、タフリール広場に行きました。

運ちゃん:タフリールの中は危険だ。入れないよ。
私:ホテルはちょっと説明できないからタフリールが見えるところでいい。あとは何とかする。
運ちゃん:タフリール イズ ベリー デンジャラス。ソー ビー ケアフル。

ということで近くでおろしてもらいました。


この日タフリールではデモ隊と治安部隊が衝突し死亡事故まで起きたそうで、夜間外出禁止令が出てたんですね。帰ってきてから知りました。

私の泊まった部屋はエアコンが無かったので窓開けて寝ましたが、夜遅くまですごくうるさかったです。


エジプト旅行 8日目(5/5)カイロお買いもの、そして帰国 に続く

はじめから見る

エジプト旅行 6日目(5/3)ルクソール一日観光

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スケジュール

○ルクソール西岸観光(レンタサイクル)
    ・メムノンの巨像
    ・王家の谷
    ・カーター・ハウス
    ・ハトシェプスト女王葬祭殿
    ・ラムセス2世葬祭殿(ラムセウム)
    ・王妃の谷
    ・ラムセス3世葬祭殿(メディネト・ハブ)

○寝台列車でカイロへ


この日はナイル川を渡ってルクソール西岸の遺跡観光です。レンタサイクルで遺跡を自転車で周るのが有名だったので、これで行くことにしました。そして夜は寝台列車を使って夜を利用してカイロに戻るというスケジュールでした。

太陽の沈むナイル川西岸は古代エジプト人にとってあの世がある場所。その奥深い谷の中に何十人もの王の墓がある王家の谷があります。その王家の谷の中で財宝と共に見つかったのがツタンカーメンの墓、これももちろん見てきました。そしてそのツタンカーメンの墓を1922年に見つけたハワード・カーターの当時の家も博物館となっていたので見てきました。

しかしゲストハウスで自転車を借りたのですが、これは大失敗でした。使い古した自転車だったのでキコキコいいながらの自転車の旅です。きつい道のり、すごく疲れました。タクシーチャーターするのが正解でした。


朝食

この日の朝食はこんな感じ。


冒険前のひとかけのパン、なんてイメージすればこんな朝食もとっても素敵に見えるでしょう・・・なんちゃって。

それではレンタサイクルを借りて出発です。



ルクソール駅

でもまず最初にルクソールの駅に行きました。
この日の夜は寝台列車を使ってカイロに行きたいので、寝台列車のチケットを取ってから行こうと思ったんです。

私:今晩の寝台列車のチケットください。
窓口の人:Today is full!
私:いっぱいなんですか?
窓口の人:そうだよ。忙しいから後にしてくれ。
私:寝台列車は何時に出発なんですか?
窓口の人:7時
私:7時なんですね。
窓口の人:8時
私:本当に8時なんですか?
窓口の人:9時だよ。9時。次、次―。。。

かなり殺意がめばえました。

事前に調べてきたのは寝台列車は9:30発で、そして窓口でチケット買うよりもチケットなしで乗っちゃって中で清算した方が安いということだったんです。でもチケットは先に買ってしまおうかと思っていたですが。。。まぁいいや、夜乗り込めば何とかなるだろうと思い後にしました。


フェリー乗り場

そしてフェリー乗り場からナイル川を渡り西岸に向かいます。


ナイル川は長さでいえば6500kmと世界最長の川ですが川幅は500mぐらい。のんびり進んですぐ着きます。


そしてキコキコと自転車で遺跡に向かっていきます。
しかし、チェーンが途中で何度もはずれました。チェーンをカバーするプレートも何度もはずれてそのたびにチェーンが当たってガリガリガリと音を出したりとほんと残念な自転車でした。。。


キコキコ。。。この後ろの山なのですが、良く見ると。


人工の穴が見えます。早く行ってみたいです。

そして、遺跡全体の入口にあるメムノンの巨像を見た後、チケット売り場で
いくつかのチケットを買い、そして王家の谷に向かいました。キコキコ。。。

走りながら途中何人ものタクシーに声をかけられました。

「その自転車はノーグッド。バイクに乗りな。」
「ヘイ。タクシー乗ってけよ。このタクシーの上にその自転車乗せて上まで連れてくよ。」
「王家の谷まで15kmもあるんだよ。悪いこと言わないからタクシー使いな。後悔するよ。」
などなどです。

最初に交渉するならまだしも、この状況で乗ったらいくらと言われるかも心配だったし、というよりも、意地です。サイクリング好きだからお前のタクシーはいらないよ、と訳の分からない説明でこぎ続けました。キコキコ。。。

途中3つの日本人グループに追い越されました。レンタサイクルやるのは日本人だけなのかもしれないです。


途中追い越された日本人に自転車姿を撮ってもらいました。


王家の谷

そして王家の谷に到着です。


王家の谷はこの奥の山にあります。
王家の谷の中はNo Pictureゾーンで本来はカメラを預けて入ることになります。でもカメラを預ける所では「別に持ってってもいいよ、その代わりバクシーシをよこしな」というので2人に5エジプトポンドづつを渡して中に入りました。
※以降ここでは写真についてはノーコメントです。

王家の谷には60以上の王の墓があって、入場料に3つの墓の見学が含まれていました。私は最初トトメス3世、ラムセス9世、ラムセス4世の墓に入ろうと考えていたのですが、トトメス3世は今は入れないしラムセス9世は小さくておもしろくないから、⑭タウセルト王妃、⑪ラムセス3世、②ラムセス4世がいいよと言われたのでこれら3つに行くことにしました。
※丸付きの番号は墓に番号が振られていてその番号です。

また⑨ラムセス6世と62のツタンカーメンの墓は別料金で、そのチケットも買って中に入りました。

墓の中はどれもすごかったです。
通路はどれも一直線で坂を下りながら奥に進んでいくようにできています。そしてところどころ脇に小部屋があったりとしたのですが、壁一面にはカラフルなレリーフがありました。そして突き当たりの部屋に石の棺が置かれている、そんな作りになっていました。

そして1922年にハワード・カーターが発見したツタンカーメンの墓も見てきました。中には棺とツタンカーメンのミイラがありました。仮面などはついてなくてミイラ本体のみ、胴体は白いシーツでくるまれた状態でガラスケースに置かれていました。がらんどうだったけどここに財宝が収まっていたっていう部屋も見ました。

ちなみに混んでるかと思ったら誰もいなかったです。監視員とその中で私一人でじっくり見物しました。ていうか王家の谷全体お客さんそんなにいなかったです。
ちなみに⑨ラムセス6世と②ラムセス4世の墓の監視員はやる気なくて寝てました。あらあら。。。

そんな王家の谷を見た後はツタンカーメンの墓を発見したハワード・カーターの家に向かいました。


帰りは楽チン、下り坂です。


カーター・ハウス

カーター・ハウスでは、ハワード・カーターが使っていた当時の書斎、寝室、現像室などがそのまま残っていて、壁にはツタンカーメンのレントゲン写真なども飾ってあったりしました。

そんな書斎で記念写真をとってもらったのがコチラです。


その後もコキコキと自転車をこぎながら遺跡を周りました。


ルクソール西岸その他の遺跡

○ハトシェプスト女王葬祭殿


○ラムセス2世葬祭殿(ラムセウム)


○王妃の谷


王妃の谷は遺跡の中は写真NGですが外はOKでした。王家の谷も細かくは異なりますがなんとなく似た感じです。

○ラムセス3世葬祭殿(メディネト・ハブ)


とこれらを回ったらもう5時となってしまい、西岸観光終了です。
またフェリーで東岸に渡り、ゲストハウスに戻ります。



夕食

ゲストハウスでリュックを引き取った後は、夜の列車を目指す前に食事です。
今度は現地のハンバーガーショップに入りました。


チーズバーガー、でかかったです。全部食べきれませんでした。。。


寝台列車

食事が終わってルクソール駅に行き、再度窓口に行ってカイロ行きの寝台列車に乗りたいと伝えたんです。
そうしたら1名なら席ありますということで、無事チケットを買う事ができました。

列車の出発時刻は22:15。時間は2時間近くあったけど、もう疲れきってました。駅のホームでぐったりとして待って過ごしました。


時間通りに列車はやってきました。


翌日カイロですれちがったので分かったのですが、私の席は韓国人ツアーのコンダクターとの相席でした。寝台列車は沢山の人が乗り込んでいて、本当に席がいっぱいだったみたいです。4人組の日本人をホームで見かけたのですが、彼らは寝台列車が取れず別のローカル線に乗り込んでカイロに向かっていました。席を取ることができてほんと良かったです。

そして出発前、駅の横の店で買っていたビール(7エジプトポンド)を飲み、寝ました。


エジプト旅行 7日目(5/4)カイロ散策 に続く

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